「平家物語」に登場する、伝説の場所 「穴森神社」
■大蛇が暮らす!? 御神体の厳窟
日本百名山のほか、周辺の傾山、大崩山と合わせて「ユネスコエコパーク」にも登録されている祖母山の麓にある神社が、「穴森神社」です。
穴森神社は、古くは池明神や池社と呼ばれ、社殿裏の岩窟は水をたたえた池であったと言われています。
池の中には大蛇が住んでおり、当時からご神体として崇められていました。
江戸時代初期に岡藩三代藩主、中川久清の命により池に穴を開けて水が抜かれ、
元禄16年(1703)には池底の洞窟から大蛇の骨が発見されたと伝えられています。
この大蛇にまつわる伝説が「平家物語」に描かれています。
「平家物語」といえば、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」から始まる、日本の鎌倉時代に書かれたと言われる軍記物語です。
この「平家物語」巻第八、緒環(おだまき)の章を紹介すると、
「昔々、豊後国の山里(大分県豊後大野市清川町宇田枝とされている)に美しい娘(華御本姫)が住んでいました。いつの頃からか、娘のもとに素性の知れぬ不思議な男が夜な夜な通ってくるようになり、やがて、娘が身ごもったため、母が不審に思い娘に問い尋ねると、娘は、「男の来るときにはわたしの目にも見えるが、帰るときは何も見えない」と話しました。母は娘に男が帰るとき針で「緒環」(糸巻き)を通して、そっと男の襟に刺しなさいと教え、娘は教えどおり、男の襟に針を刺し、何も知らずに帰った男のあとをたどると、日向国(宮崎県)の境にそびえる嫗嶽(祖母山)の麓ある大きな岩屋の中に糸が続いていました。
岩屋の奥では、異様な唸る声がしていたので、娘は「一度お姿をお見せください」と言うと、奥から「わしは人間ではない、見ない方がよいだろう」と返事がありました。それでも娘は「見たい」と重ねて求めると、声の主が奥から初めて姿を見せました。それは嫗嶽の主と思われる巨大な大蛇で、針が喉笛に突き刺さっていました。
大蛇は「お前の腹の子は男の子であり、弓矢打物を取らせば、九州二島に並ぶ者はあるまい」と告げました。
間もなく娘は、大蛇の予言どおり男子を出産し、母方の祖父大太夫は、自分の名に因み大太と名づけました。
大太は夏冬にも手足にアカガリ(あかぎれ)ができたので、アカガリ大太と呼ばれました。
緒方三郎惟栄は、このアカガリ大太の五代の孫であり、このように恐ろしいものの末裔とし、九州の武士たちはみな惟栄に従いました。」
と、嫗嶽大明神(大蛇)と華御本姫(はなのおもとひめ)との神婚伝説(神と人との婚姻話)が記されています。
緒方三郎惟栄といえば、竹田市にある「岡城」の築城主ですよね。
伝説によると、彼のふるさとはこの「穴森神社」になるのかもしれませんね。
■小石を持ち帰ると願いが叶う!
背の高い木々が生い茂る森の中にたたずむ「穴森神社」は、静けさが広がる趣のある神社です。
社殿の奥に進み階段を降りると、大蛇が住んでいたと言われる洞窟があります。
洞窟内は、真っ暗ですが、200円を入れるとライトがつき、中に入って洞窟探検をすることができます。
この洞窟は、宇田姫神社(豊後大野市清川村)の御神体である穴と通じているという説がありますが、奥は狭く、足元も悪いため、気をつけて進みましょう。
また、洞窟内にある小石を持ち帰ると子宝に恵まれると言われており、恋と出会いの場所として多くの参拝者が訪れる場所ともなってます。
願いが叶ったら、そっと洞窟へと戻しましょう。
洞窟を探検してみたい方、また願いを叶えたい方はぜひ訪れてみてください。
奥まで進んでみたい方は懐中電灯を持って入るのをお忘れなく!
■穴森神社
住所:竹田市神原1432番地
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