唐臼の音が響く、窯元の集落「小鹿田焼の里」
■心地よい音色が響く静かな里へ
「ギーゴトン」、日田市北部、福岡県との県境にある静かな集落、皿山地区に足を踏み入れるとリズミカルに聞こえてくるこの音。アカマツなどの木材を加工して作られる「唐臼(からうす)」が、谷川から引き込んだ水の力を利用して、ししおどしの仕組みで陶土を砕いている音です。数分に一度聞こえる音は「小鹿田の里」を象徴する独自の音色として、平成8年「残したい日本の音風景100選」に選ばれています。また、地区全体は重要文化的景観として認定されていますよ。
小鹿田焼は皿山地区で採れた陶土を利用して生産されており、採土場からとってきた土を唐臼で2週間ほどかけて粉砕。粒子になった土は、その後水で何度もこして不純物を取り除き、乾燥させるのですが、それら全てが昔ながらの手作業で行われるため、完成するまでに約2ヶ月もの時間を要します。じっくりと丁寧に、時間をかけて作られた土が小鹿田焼の原料となっているのです。
■300年続く「小鹿田焼の里」
小鹿田焼の里は今から300年ほど前、1705年、福岡県小石原の陶工・柳瀬三右衛門により開窯されました。当時佐賀県の有田では上質な磁器の生産を主に行なっており、日田では農家の日用雑器の自給を目的とした陶器製造が明治時代の末期まで行われてきました。
そんな小鹿田焼が脚光を浴びるようになったのは、1931年に、民芸運動の指導者である柳宗悦(やなぎ むねよし)が全国の手仕事を調査していた際、日田の皿山を訪れたことがきっかけと言われています。柳宗悦は、小鹿田焼の「唐臼」を使った土作りや、「登り窯」で焼くという昔ながらの伝統的技法で作られる素朴な焼き物に魅了された、世間に広めたのです。
その後世界的な陶芸家であるイギリス人バーナード・リーチが訪れ、海外でも紹介された小鹿田焼は、ヨーロッパで開催された世界工芸展でグランプリ対象を受賞。各地の展覧会でも数々の賞を受賞し、1970年には国の記念保存文化財にも指定された日本を代表する民芸品として親しまれています。
■一子相伝の器作り
開窯から300年経った今も変わらず、伝統的な技法での生産が継承され続けている小鹿田焼。小鹿田焼の里には現在10軒の窯元があるのですが、窯元は家族単位で構成されており、男子一人が窯を伝承するという「一子相伝」の器作りが今なお続いています。
そのため弟子や職人を取ることはなく、その家だけの技法が代々脈々と受け継がれているのです。そしてこの技術は、1995年、国の重要無形文化財に指定されました。
■飛び鉋(かんな)・刷毛目(はけめ)
小鹿田焼の特徴は、一子相伝の世襲性であること、全て地元で調達した材料を使い、土作りから窯出しまでの全行程が手作業であることのほかに、独特の装飾技法があります。
小鹿田焼の技法として代表的なものが、飛び鉋と刷毛目です。
「飛び鉋」は、かめや壺の胴部、皿の内側に施された模様。鉋を使って器に細かい刻みを入れることで、赤土の色を出していく技法です。
「刷毛目」は、皿類に多く用いられる技法。素地に化粧泥を塗り、ろくろを回しながら大きめの刷毛を当てて模様をつけていきます。
そのほかにも釉薬を入れたひしゃくを水を撒くように打ち付ける「打ち掛け」や、
ひしゃくに入れた釉薬を線のように流していく「流し掛け」、素地に化粧土を施した後に素早く指で模様を描く「指描き」、櫛形の道具を使って描く「櫛描き」などがあります。
小鹿田焼で使われる技法は同じでも窯元によって作風が異なるため、小鹿田焼の里を訪れた際は好みの窯元を探し歩いてみてください。
■春の「唐臼祭」、秋の「民陶祭」でお得にゲット!
毎年5月には「唐臼祭」、10月には「民陶祭」という陶器市が開催され、県内外から多くの観光客が小鹿田焼の器を求めて訪れます。
全ての窯元が解放され、窯出ししたばかりの器やB級品などが軒先に所狭しと並びます。
この日だけしか買えないお得な品物もあるので、唐臼の音色が響く小鹿田焼の里へお気に入りの生活雑器を探しに出かけてみてください。
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