天才作曲家、瀧廉太郎が過ごした旧家で、音楽の才能を育んだ環境を追体験

2023/10/08

# 竹田市

「荒城の月」や「お正月」、「春」など、私たちに馴染みの深い名作を世に送り出した、早世の天才作曲家・瀧廉太郎。23歳という短い生涯でこの世を去るまで、日本の西洋音楽の普及や音楽教育に大きな影響を与えました。そんな廉太郎の生涯と功績をたどった「瀧廉太郎記念館」を訪れてみました。

 

多感な少年期を過ごした旧家で廉太郎の想いに馳せる

 

瀧廉太郎02

 

竹田市内中心部の風情ある城下町を歩いていると、「瀧廉太郎記念館」に小さな看板が。そこに向かってすすんでいくと、昔ながらの重厚な門構えが際立つ日本家屋が見えてきます。ここが、廉太郎が少年時代を過ごした旧宅でもあり、現在は多くの観光客が訪れる「瀧廉太郎記念館」です。

 

廉太郎の父は九州の日出藩(現在の日出町)の家老で、かの有名な大久保利通や伊藤博文らの側近として働いた上級の官使でした。父親の転任で竹田市へ移り、12歳から14歳までをこの家で過ごしました。

 

少年期を竹田市で過ごした廉太郎。荒城の月の舞台にもなったともいわれる岡城は、彼の絶好の遊び場であり、豊かな自然が音楽の天分を育んだ場所でもあります。また、かつて武家屋敷だった郡長官舎が住まいだったため、広い敷地には立派な庭もあり、鳥や動物の鳴き声、自然界の美しい音、井戸や飛び石、下駄の鳴る音などを常に耳にすることで、音に対する豊かな感性が磨かれたようです。

記念館の庭では、廉太郎が聴いたであろうそれらの「音」が体験できる仕掛けもあります。下駄を履き、石畳をカランコロンと歩く音に耳を澄ませると、ゆっくりとした時間が流れるのを感じます。

 

瀧廉太郎03

 

館内には、ここでしか見ることのできない廉太郎直筆の譜面や手紙、写真などとても貴重な資料が展示されています。また壁にかけられた廉太郎の年表で読んでいくうち、短い生涯ながら、彼が残した功績の大きさに改めて日本人として感謝の気持ちが生まれてきます。

 

瀧廉太郎04

 

土間やかまどなど当時の生活を感じる空間も残っており、古き良き時代の日本の生活とそこに暮らす廉太郎の姿が重なり、まるで映画をみているような気分に…。

 

 

 

廉太郎が楽器を学んだ音楽の基地 

 

瀧廉太郎05

 

広い庭の離れに蔵があります。学校から帰ってきた廉太郎はこの蔵の2階に上がり、自然や町の音に耳を澄ませながら、独学で様々な楽器をマスターしたそうです。廉太郎にとってこの蔵は音楽の基地となった特別な場所だったのです。

蔵の1階には、廉太郎が楽器を奏でている銅像やピアノが置かれ、廉太郎の生涯を紹介する映像も上映されています。目を閉じ、廉太郎が2階で音楽を奏でていることを想像しながらここでの時間を過ごしてみてください。

 

これまで知らなかった彼の生涯や功績を知ることができた「瀧廉太郎記念館」。記念館を後にし、城下町を歩いていると、気づかぬうちに「荒城の月」を口ずさんでいました。

 

●滝廉太郎記念館

竹田市大字竹田2120-1

 

 

 


 

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